イムデベ!

個人的偏見と傾向による映画・音楽・本紹介&レポ

ザ・ウォーク "The Walk" 2015 America directed by Robert Zemeckis

軽やかに前に踏み出す一歩のはなし

 

フィリップ・プティは実在の軽業師,というか綱渡り師である.

彼が,かつてツインタワー竣工時に(片方のタワーは既に建っていて使われていて,もう片方は完成間近だったが入居は始まっていなかった),こともあろうにタワーの屋上から屋上へワイヤー(なんと2センチとすこし!)を渡して綱渡りをした実話を,ロバート・ゼメキスが映画化した.

 

これが,思いもかけず軽やかな映画である.

 

この偉業というにはあまりにクレイジーな挑戦を映画化すると聞いて,想像したのはさまざまなハプニング,そして地道な努力,練習,心の葛藤が延々描かれた挙句の,クライマックス的な綱渡り(ようやっと渡ったか!)だったが,オープニングからそれを文字通り軽く裏切る.

 

ジョセフ・ゴードン・レヴィット演じるプティが自由の女神のてっぺんに乗り,こちらに物語を語り始めるのだ.

 

それはまるで紙芝居のような始まりで,そのあともファンタジーに近い,1970年代というみんなが上を向こうとしていた時代に彩られたフランスでの子供時代から少年時代,そして綱渡りへと彼のものがたりが綴られていく.

 

プティはまったく唐突に綱渡りに魅せられ,そしてまったく唐突にツインタワーを夢見る.

 

気が狂っているようでもあり,おとぎ話のようでもある唐突さが,実はとんでもなく恐ろしい計画である綱渡りに,まるでピクニックにでも連れて行ってくれるような気軽さを生む.

 

かくして仲間たち(個性ゆたかでますますおとぎ話のようだが実話)を集め,プティはアメリカで綱渡りに挑む.

最早,その高みにあって恐怖を感じる必要はない.

観客もプティと一緒にその高さ,誰も観たことのない(もちろんプティ本人以外)を楽しめばいい.

 

プティは実に40分以上,ワイヤーの上にいたという.

もちろん映画のうち40分を費やすわけにはいかないけれど,それでも十分なほど長い時間,プティは我々をワイヤーの上に連れて行ってくれる.

 

この綱渡りはプティにとって夢であるように,仲間たちの夢でもあり,そして見た人たちの夢にもなった.

私の知っているツインタワーは,周囲のビルに並ぶ高層ビルのひとつに過ぎないが,竣工時は違っていた.

周囲に高い建物はなく,ただツインタワーだけが,無遠慮に巨大なその四角柱を空に突き刺していた.

実際,建ったとき,非常に評判が悪かったという.人間味のない四角いふたつの建物は人に好かれることを拒んでいるようにも見えた.

それがプティがその間を渡ったことで,人はそこに親しみを持つようになったそうだ.

プティは自分の夢をかなえ,ツインタワーに心を与えた.

 

プティの綱渡りを観た人たち,地上から彼の歩みを見守った人たちの人生はきっと多かれ少なかれ変わった筈だと思う.

そこに自分の夢を投影した人もいるだろうし,勇気をもらった人もいるだろう.

 

この映画は,人生に踏み出す一歩に怖気づいている人たちに,まずは足を出してごらん,と言っているような気がする.

最悪なときでもまずは一歩.それが軽やかであればあるほど,物事はうまくいく.そんな気持ちになる映画だ.

そして自分だけの景色を手に入れたいと願うことを後押ししてくれる映画だ.

 

もちろん,ツインタワーは今は無い.

それがこの映画の最も悲しいところであり,切ない部分だ.

人が建て,人が愛したタワーはたくさんの人たちの命とともに人の手によって崩れ落ちた.

それでも,希望が無くなったわけではない.プティの与えた心が完全に崩れ去ったわけではない.

それは,この映画でゼメキスがツインタワーに向ける視線,画面上に美しく残るツインタワーの姿にこめられているように思う.

 

ロバート・ゼメキスと言えば色々あるけれどやはり「バック・トゥ・ザ・フューチャー」.

あれも,勇気を出して踏み出すことを恐れるなという明確なメッセージを持っていた.

なんとなく,私にとってゼメキスはいつも味方でいてくれる監督だ.

子供のときにマーティの活躍にドキドキしたのと同じように,今,大人になってプティの軽やかな一歩にドキドキしている.

 

たった2センチ.

それだけの幅でも人は前に進むことができる.

 

プティを演じたジョセフ・ゴードン・レヴィットについても少し.

面倒なのでJGLと書くけれど,彼は演技派なだけでなく,非常に器用な人間で,かつてTVのトークショーでボードヴィルをやってみせたこともあるし,マジックマイクが大ヒットしたときにはストリップショーの真似もやってみせた.

JGLの兄は残念ながら若くして亡くなったが,ファイヤーパフォーマーだった.

だからジャグリングなんかは兄から教わっていても不思議はない.

今回ももちろんビルの屋上ではないけれど,綱渡りを習得したという.

綱渡りをする人独特の筋肉の付き方,姿勢なのかもしれないが,胸が大きく前に膨らんだ姿は,まるで希望で胸がいっぱいという感じを受ける.

 

難しいことは考えなくていいから一歩前に出てごらんと言っているみたいで元気が出る.

 

高所恐怖症でないひとには,ぜひとも観て欲しいし,

高所恐怖症のひともちょっと勇気を出して観てみてはどうか.