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イムデベ!

個人的偏見と傾向による映画・音楽・本紹介&レポ

キャロル "Carol" 2015 UK/US directed by Todd Haynes

映画

原作読了後、鑑賞。

 

ルーニー・マーラー演じる若い女性テレーズが、クリスマスのバイトで働いていたデパートで、ケイト・ブランシェット裕福な夫人キャロルと恋に落ちるものがたり。

 

同性愛を病気として扱っていた時代だから、今よりもずっとこのふたりの恋には障害がある。

そのうえ、キャロルには夫と子供があって、離婚申し立て中の身だ。

 

それでもふたりはひと目見たときからお互いの気持ちを止めることができない。

この恋がひたすら美しいのは、その想いが、片想いだからだ。

 

テレーズはカメラマンを目指しているだけの、何も持っていない、できない、若い女性でしかない。

アパートは狭く、恋人はいるけれどもそんなに好きだというわけでもない。

どうしたら憧れの職につけるのかもわからないまま、日々を過ごしているところに、会ったこともないような、ゴージャスで美しい女性と出会う。

彼女は自信に満ちていて、自分が何をしているのかちゃんとわかっているように見える。

服もメイクも完璧で、彼女といると恥ずかしささえ覚えるのに、それにも増して彼女が自分を見てくれるだけで幸せを感じる。

けれど、それは自分の片想いだと思いこもうとしている。

なぜなら、キャロルは自分のような小娘に恋をするような女性ではないし、同性愛は病気だからだ。

 

一方で、キャロルは幼い娘だけが心のたより。見栄ばかり重んじる夫の家族との暮らしに耐え切れず、離婚を申し立てている。夫は、自分を愛しているのではなく、自分を美しい戦利品あるいはアクセサリーのように扱っていると感じている。だからテレーズに会ったとき、自分を着飾らなくても美しい彼女の率直なふるまいに恋をする。彼女が自分自身に心を寄せてくれることに誇らしさと幸せを感じる。

けれど、それも自分の片想いだと思いこもうとしている。

なぜなら、テレーズにはちゃんと彼氏がいるし、他の若い男性もテレーズを見ると色めきたつ。自分はもう年を取っているし、おまけに夫も子供もいるからだ。

 

ふたりが互いのこころを、ただの憧れだとか優しさだとかに取り違えたふりをして、片想いを続ける姿はいじましくさえある。

背中合わせに寄り添って、ただその背中のぬくもりだけで幸せになっているような恋をする。

 

逃避行のような旅のなか、ようやくふたりが互いのきもちを確かめあったときも、やっぱりそれは恋に過ぎない。ふたりのどちらもが、自分の方が相手を愛しているのだと感じているから、ふたりからは不安がぬぐえない。

恋を愛にするためには、テレーズはもう少し大人にならなければいけないし、キャロルはいったんすべてを捨てなければいけない。

 

この映画の素晴らしいところは、そういう心の微妙な動きを、ことばではなく、視線や、ちょっとした仕草で丁寧に伝えてくるところだ。

どんなにキャロルを美しいと思っているか、そのテレーズの想いを私たちはテレーズが撮った写真に見ることができ、テレーズをどれだけ愛らしく思っているか、そのキャロルの想いをキャロルのひそやかな視線に追うことができる。

 

大人になったテレーズが選ぶのは、もちろん真実の愛だ。それこそ彼女の素晴らしいところで、大人になったからといって社会常識にいっさいとらわれることなく、常に自分に誠実だ。彼女が大人になって得たことは、自分がキャロルを支えることができるという自信だ。だから、初めて対等に彼女の視線を受け止めることができる。

このときの、二人の交わす視線に込められた愛情の優しさ、深さの美しさ、またそれを永遠にとどめておくかのようなふつりと途切れる幕引きのみごとさが素晴らしかった。

 

原作は実は色々と設定が違っている。

作者はパトリシア・ハイスミス

大好きなハイスミス

この作品、知らなかったんだけどと思ったら、発売当初は同性愛への偏見が大きかったことから、別名義で発表していたとのこと。

ハイスミスの作品は、特にリプリーシリーズだけれども、同性愛の雰囲気が漂っている。

キャロルは、たぶん、ハイスミスが書いた唯一の恋愛モノだと思う。

でも、やっぱりハイスミス

いつものテイスト、旅であるとか、油断のならない雰囲気、じわじわと侵食する不安感はしっかり詰め込まれている。

映画ではだいぶそのあたりをはしょったけれども、探偵とのやり取りはかなり危険なラインまで発展する。

旅も長い。キャロルがいないあとも、テレーズは旅先でひとり旅行者として暮らす期間がある。

この手の、異邦人としての暮らし、隔絶した環境での不安感を描かせたらハイスミスが一番だと思う。読者も不安でたまらなくさせるのが実に上手い。

それからテレーズはカメラマンではなく舞台美術家になるのを目指している。

これをカメラマンにしたのは、映画の見事な変更点のひとつだ。小説と違って視覚にうったえる映画ではカメラにすることで、テレーズの写真が大きな役割を果たした。

 

ハイスミスがこの作品を発表したあと、同性愛者から多くのファンメールが届いたという。

「別れるのでもなく、どちらかが死ぬのでもないエンディングの同性愛小説は初めて!」

 

確かにそうだ。たいていの同性愛の恋愛は悲劇に終わるものと相場が決まっている。

だからこそ、ハイスミスは、厳しい筆致で描きながらも、優しいラストを用意してくれたのに違いない。

というか、だいたい、ハイスミスは筆致は容赦ないけれども、ラストは主人公に優しいよね。

リプリーも死ななかったわけだし。

 

見事な原作、見事な映画化だった。