読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

イムデベ!

個人的偏見と傾向による映画・音楽・本紹介&レポ

美女と野獣についての雑学(2)

さて、『美女と野獣』の映像化、と言えば、私にとってはなんといってもジャン・コクトーの映画。

これは影響を受けてないクリエーターはいないと思うので、『美女と野獣』の映像化におけるベースと言ってもいいと思う。

トーリーはボーモン夫人版にほぼ忠実。

この映画、何がすごいって、CGの無い時代の特殊効果、そしてそのセンス!

さすがジャン・コクトー。時代の最先端をぶっちぎってる(たぶん、今もこの人のセンスには追いついてないから真似するしかない)。

ジャン・コクトー知らないっていう人が最近増えたのでそこからいくと、元祖マルチタレントですが、本業はたぶん詩人。

15歳で詩人として認められているので、そうとう早熟。

尤もジャン・コクトーが見出したレイモン・ラディゲ(「肉体の悪魔」の著者)は17だか18だかであれを書いて20で亡くなっているので、現在よりも早熟な社会だったのかも。

とまれ、ひと昔前といっては何だけども、私の時代には小学校の教科書にコクトーの詩が載っていた。私はそれでコクトーに嵌った。

堀口大學の訳で有名なカンヌ…(ごめん正式名称忘れた)であり、たぶんコクトー知らずとも聞いたことのある人も多いのではないかな。

「私の耳は貝の殻 海の響きを懐かしむ」

これが衝撃でね。小学生にも衝撃与えるんだから凄いんだと思うんでね、是非とも今の教科書もなんだかチャラいのばっかり載せてるみたいだけど、こういうのを載せて頂きたい。というのは置いておいて、

兎に角ジャン・コクトーというのは何でもやる人で、詩以外には小説、絵、役者、そして映画などなど。

ちなみにすごいオシャレイケメンなので写真置いておきます。この人の指は長くて美しくて有名だった。かのカルティエの三連リングは彼がラディゲに贈るために作ったという噂もあり(諸説あり)、なんとあの三連リングを小指に二個かさね付けしてしまう指の長さ!

f:id:e_mc2:20170423161145j:plain

美女と野獣』はコクトーのミューズであった当時の超イケメン俳優ジャン・マレーが主演。ジャン・マレーについてはその美しさを三島由紀夫もたたえる文章を送っているほど。

f:id:e_mc2:20170423161607j:plain

彫刻顔で、個人的にはコクトーの方が好みのタイプ。というのは置いておいて、

とまれ、彼が野獣メイクも当然CG無い時代だから何時間もかけて特殊メイクで演じきった。

でもこの映画のいちばん凄いところは、コクトーの美意識に裏打ちされた独自のセンス!

人の腕でできた燭台、暖炉の両脇にあつらえられた動く顔、温室に据えられた動く彫像などなど、たぶん他の映像化が真似している要素がたくさんある。

どれも独特で他に類を見ず、そしてなんといっても美しい。

f:id:e_mc2:20170423162316j:plain

ちなみにエマ・ワトソン美女と野獣に出演するにあたって、雑誌の撮影でコクトーオマージュの写真を撮っていて、なかなか素敵だった。

違う映画なんだけど、鏡に入るシーンを、床に水槽を作ってその周りを額縁で覆い、カメラを90度傾けて、その水の中に飛び込むことで映像化するという、CG抜きの幻影術!

ご興味のある方は是非、えーっと、なんだったかな、たぶん『オルフェの遺言』だと思います(なんというウロ)

ちなみに『美女と野獣』を撮影したのは当時まだ若かったアンリ・アルカン

のちに『ローマの休日』を撮影し、白黒撮影といえばこの人!という美しい画面を撮影する人でしたが、当時はまだ駆け出し。

コクトーの『美女と野獣撮影日記』では怒られている記述あり。

しかしコクトーに叩き込まれた美のセンスはみごとに開花。

『ベルリン天使の詩』の撮影もアンリ・アルカンヴィム・ヴェンダースが白黒ならどうしてもと頼み込んで実現したそうで、実に美しい天使の視点を見せてくれます(『

ベルリン天使の詩』では天使の視点はすべて白黒)。

さて、コクトー版の『美女と野獣』映像美以外にも特筆すべき点が一箇所。

それはコクトーの解釈によって原作を改変した場所で、他のどの映像化も引き継いでいない場所があること。

コクトーはよく妖精について独自の考えを書き残しているんですが、この『美女と野獣』についても、この人から野獣、野獣から人への変化を妖精のしわざととらえていて、「単純な妖精たちは、野獣が人になったときに、ベルの彼氏ならそれがいいだろうと考えた」。

だから、ベルへの求婚者(ジャン・マレーの二役)は、ベルを救おうと野獣の城に忍び込んだところを、動く彫像に射殺され、同時にベルの愛で息を吹き返した野獣はその姿に変化してしまう。

当然、ベルはその変化が気に入らない。なぜなら彼女が愛していたのは野獣であって、求婚者ではないから。けれど、彼女はそこに着地点を見出すだけの現実性を持っている。彼女はなじみの顔へ変化した野獣に、少し嫌そうな表情をしてひとこと。

「慣れなければいけないわね」

これがラスト。

いきなり現実的かつちくりとさすような台詞で終わる『美女と野獣

いかにもコクトーらしい、美しさのなかに、遊び心とおとなの冷静さが同居した世界が味わえる映画です。

ところで、この映画のフォロワーとして、Duran Duranの3名(実質2名)のスピンオフユニットArcadiaのシングル、"Election Day"のPVが素晴らしいできなので、こちらもどうぞ。たしかArcadiaのPVは基本的にコクトーリスペクトだったと思う。

www.youtube.com

全然話が進まないので、ガンズ監督版の話は次回